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2008-12-29(Mon)

二歩さがって三歩進む

もめたり不安を感じたり、そういうのを「さがる」って考えるなら
仲直りしたり安心を覚えたりっていうのは「進む」って考えられる。

いろんなことを考えて、心配したり安心したり、さがったり進んだりして、ふと気付いたら
「ずいぶん進んだね」って言える。

さがらないで進むだけの恋愛は、スポーツカーみたいで気持ちいいのかもしれないけど、できないしなんか薄い。

もっと原始的で、かっこ悪くて、遅い車に今は乗っていて、それがいいって思えてる。

楽しくて浮かぶ笑顔とか、抑えきれないで出る涙とか、帰るときにたたんでくれる布団とか、寝れなくてかけてくる電話とか、そういうほんとの優しさ―好かれたいとか自分をよく見せたいとか、そんな計画的じゃない優しさ―に触れるたびに、「よし、大丈夫」って思う。
少しずつ、他の人がみたことのないその人を知っていってるから。


三年後に振り返って、子供ができて振り返って、子供が自立して振り返って、おじいちゃんおばあちゃんになったときに振り返って、「こんなに進んだね!」
って笑って話したい。


全部ぶつけて、苦しめて、それでも受け入れてもらえた今なら、「絶対進めるね」って心から言える。

未来があっても、悲しかったり無理してたら意味ないんだよ。
笑ってないとつまんないもん。
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2008-12-26(Fri)

前進

20081226015513
24日は17時までバイト。
彼女は仕事。
社会人は大変だ!

一人でも楽しもって家でカレー作ってた。
仕事終わった彼女が自分の家にに帰るまで連絡とりながら。
地元の駅ついたって電話してきてくれて、家につくまで電話!いつもより帰りに時間かかってたから100均でも寄ってんのかなって思ってた。
家ついたって言うから電話切ってすぐ、また電話かかってきて、「家の前にいる!」って!
びっくりして下降りたら、彼女がプレゼント握りしめてポロポロ泣いてた。
こんなドラマみたいなイブ初めてで、なんか心配とかしてる自分が小さく思えた。カレー一緒に食べて、くれたマフラー巻いて送ってった。
時間かかったのはプレゼント選んでくれてたから。
なんて幸せやったんやろ…

でも今日、そんな彼女を悲しませた。
自分が大丈夫って思っても、客観的に考えればだめ。第三者目線で考える。
きっとおれが心配してることも彼女にとっては小さいことなんやろう。
それでも不安になるおれを認めてくれたから、今度はおれも心配とりたい。
「そういう状況になってしまうのを防ぐ」
相手に求めるなら、自分もしないといけないね。

2008-12-24(Wed)

言わないとわかんない

今日、彼女と東京タワーにいった。
偶然に思いつきで行ったのに、50周年と重なってびっくりしてうれしくなった。
メダル作ったりなんて中高生みたいな遊び方がほんとにうれしくて楽しくて、すごく充実。
きれいな夜景見てて、無意識に色んなこと考えてた。色んないいこと。


不安になることと信頼してないことは違うって言ってくれて、今でもたまにそれについて考えるときがある。
今の時点で考えたことを言うと、疑いの目で見てるかどうか!
信頼してないと、言ってることやってること・過去・今・未来の全部を疑ってかかってしまうと思う。
不安になるのは、確実に未来に対してだし、疑いというよりは心配な気持ちがあるから。
だから今は安心して不安になって心配できる!


そう思って、マクドとスープストックで色んなことを聞いた。
全然嫌な顔しないで全部聞いてくれて、励ましてくれた。
目を見て話をすると、本当に安心するんだー。
なのにちょっと離れると、すごく不安になったりもする。
でも、おれはそうやってくり返すことで相手の大事さを噛みしめてるのかも。
色んなこと聞いて、返ってきた言葉は本当に全部うれしかった。
なんか妙な約束とかもしちゃったけど、うーん・・・守ってくれたらうれしいな。


ほんとに真剣に考えてくれてるんやなって身に染みてわかった。
自分なりの言葉でしっかり伝えてくれて、語彙が多いとか言い方が上手いとかじゃないけど、その分すごくストレートに伝わる。
そこがもうこの上なく好き。気持ち悪いなおれ。
『自分がしっかりしてれば絶対大丈夫』
ほんとその通り。
あとは、そういう状況になることを防ぐんだ!
オールしないでとかどんなお願いだよって思うんだけど、泥臭い恋愛できてる自分がちょっとうれしい。
だから、オールしないでちょ;;

2008-12-23(Tue)

リスク管理

将来や直近の出来事について考えるときに、いつも最悪な想定をする。
その最悪な出来事がなるべく起こらないように、最善の策を打つ。
結果、まず最悪な出来事は大体起こらないのだけど、最悪とまではいかなくてもあまり良くない出来事が起こっても、色々と手を尽くしているのでダメージが少なくなる。

今までそうやって生きてきて、これが一番いいって信じてきた。
でも、その出来事が起こるまでは本当に気持ちがいっぱいいっぱいになって、焦って不安になって、健康によくない。
逆に、その出来事が起こるまで何も考えないでのんきに生活することがベストとも思わない。
大切なのは、その出来事をなるべく詳細に調べて、どれくらいのリスクを負っているものか確認して、それに見合った手立てを考えることなのか。
それとも、その出来事には触れず、「なるようになる」と考えて、事後処理に力を入れることなのか。

本当に何も考えていない人間はいないのだろうけど、なぜかそう見える人はいっぱいいる。
そういう人たちが起こることが予測された出来事で苦しんでいるときに、慰めながら、なんでもっと先に、詳細に考えないのって心の中で思う。

来年から社会に出る。今みたいに時間もなくなる。
大切なのは、頭と感情のバランスをとること。
考えすぎるとろくなことはないんだけど、そうしてしまう自分がいる。

結局、人間は根本的な性質を変えることはできないのかもしれない。
でも、根本的な性質だと思っている事柄は、これまで育ってきた環境の中で培ってきたもの。
これから自分が身をおく環境によって、ガラッと変わるのかもしれない。

誰かを信じて泣きを見るなら、最初から信じなければいい。
一人で誰にも頼らず、生きてる人を知っている。
人を信じて、裏切られて、泣いてる人もいっぱい知っている。
一人で生きていくことは、なかなか難しい。
もうフラフラして、刹那的な出会いを求めたり、今が良ければいいやなんて思いたくない。
人を信じぬくためには、自分も変わらないといけない。
その中でいろんなことを聞いてしまったり、やっぱり不安に思ってしまうことがあるけど、それを疎ましく思わないでいてくれる人がいるんやもん。

2008-12-19(Fri)

なんでやろ

大学病院で血液検査の結果をもらった。
何にも問題なくてほっとしたんだけど、病院に古いビラみたいなのが落ちてた。

出生前診断に反対するビラだった。
出生前診断は、生まれてくる赤ちゃんに障害があるか、産む前にわかるシステム。
従来は羊水や胎内の細胞から調べてたので、その過程で流産を起こす危険があったから、出生前診断には歯止めがかかっていたのだけど、今は妊婦の血液からも診断できるようになりつつある。
血液だけでわかるなら流産のリスクはないから、これが一般的なツールとなってしまうのではないか。
これは子どもの選別を通してナチス的優性思想につながるし、子どもが障害を持つとわかれば堕ろしてしまう人が増えることは倫理的にも良くないに違いないという論調。
母体保護法で認められる中絶ではないから、障害を持っていることがわかっても産んで育てましょうってことなんかな。

別に出生前診断の良し悪しに意見するつもりはなくて、人が意見を持つっていうのはおもしろいなって思った。
人間が、自分の人生についてだけを考えてモノを言うとしたら、障害もなく健康な子どもがスクスクと育つのがいいって答えると思う。
資本主義の中では、人間は商品として扱われる。
人間が労働することで賃金を獲得し、労働の場以外で子どもをつくり、その子どもがまた資本主義の中で労働を行うっていう労働の再生産を行うことが資本主義にとっては望ましいのだけど、この観点からしても子どもは健康に、どんな状況でも労働できることがいいように思える。
だけど、生命倫理のような資本主義外の大きな枠組みを考えると、ビラの言ってることももっともだと思う。
どこかの国で何万人の人が死んでも興味を示さないし痛みも感じないのに、1人の子どもを中絶すると一生の傷を負ったかのように思うんやろう。
それはその死に対して自分が直接的な責任を負ってるから?
本当に、どこかの国で死んだ何万人の人の死に、自分は責任を負っていない?

人間は本当に都合のいいことばっか言ってる。
じゃあ外国で起こった何万人の人の死に、日本人が負ってる責任って何だよって言われたら答えられない。
でも、ダウン症の子どもを育てるドキュメンタリーをテレビで見て、涙を流して「可哀想」って言う人間が、出生前診断には反対する。なんで?
漢字の読み間違いが多い自民党出身の首相はだめだから、民主党を応援する。民主党の農業政策だと日本はどうなるの?
傷つきたくないって言いながらその場の空気に流されて、結局他の誰かを傷つけてる。
そんなことばっかり。

人は知ってる知識の中でモノを言うから、いつも他の意見に対して謙虚にならなければならない。
登ったことのない山から見える景色の大切さ、おもしろさを切り捨ててはいけない。
きっと障害を持ってても、生まれてきた子どもは本当にかわいくて、何を犠牲にしても守りたいって思うんやろう。
何が良くて何が悪いか、これを判断するのは本当に難しい。
だけど、自分の意見や行動で、誰かを傷つけることはしたくないじゃん。
できうる限り正しい判断をするために、いろんな知識や経験を積まないとね。
せめて、自分が大事って思える人を守れるようにならないと、本当に空気のような人間になってしまうよ。

2008-12-17(Wed)

いつからか

書くことに困らないってことは、モヤモヤがいっぱいあるってこと。
文章を書くのは好きだから、いっぱい書くぞ!

さっき、雨なのに取り込みわすれてた洗濯物を取り込んだ。
向かいのビルはふとん屋さんで、1階はお店、2階以上は生活スペースになってる。
珍しくカーテンが開いてて、中では高校生くらいの男の子が勉強机に向かって、頭を抱えながら勉強してた。
彼は野球をやっていて、いつもこの車通りの多い四谷の細道で、壁当てや素振りをしている。
彼は高校を卒業して、どこかの大学に入って、いずれはふとん店を継いでいくのかな。
もう需要があるとは思えないふとん屋さん。サラリーマン家庭に育った自分にはわからない自営業の感覚。
いつからか(本当はいつからかなんてわかっているんだけど)、要領の良さを一番に考えて、いい大学を出て、いい会社に入って、幸せな家庭を築くことが、自分の人生に課せられた目標のように感じてきた。
ボンボンの多い高校で、とりあえず大学っていうボンボンらしい素晴らしき選択。
そんな選択は悪くないし、自分の子どもにもできればそんな人生を歩いて欲しいと思うけど。

大学に入って一人暮らしをして、大学の外の人、これまで自分の世界にいなかった人たちとの付き合いも出てきた。
先を全く考えてない人、目の前のことに一生懸命な人、その日暮らしな人。
自分の人生が少しちっぽけに見えた。
人生は選択の連続で、その都度その都度、本当にベストチョイスをしてきたのかな。
過去を否定することは、そのときの自分を否定すること。その行為に良し悪しは無い。
消したいと思った過去も、時間が経って振り返れば笑い話になる。

たまーに、ふとん屋さんのような人生が羨ましくなることもある。
地元に生まれて、地元で育って、地元に骨を埋める人生?
転勤の心配もなく、あるいは親族に囲まれて、親が作った基盤を守るだけの人生。
一番ダサいと思ってた人生も、悪くないのかもしれない。

けど、大阪から東京にきて色んなことを考えたおれの人生。
わけのわからない場所に飛び込んで、そこで紡いだ人間関係は悪くない。
成長してんのかな。
やっぱ男は独立独歩でしょ。
あと3年もすればいいオッサンになってんだから、自分の足で生きていかなきゃね。
過去の自分がしてきた選択、全然嫌いになれないし。
あと、お金は大好きやしなv

2008-12-17(Wed)

さんくちゅあり

人間が人間とコミュニケーションをとるにあたって、踏み込んではいけない場所があるとする。
初対面ではその領域がわからないから当たり障りのない会話をつなぐ。
そのまま表面的な会話を続けるだけでは二人の関係は経時的に変化しないのか?

もちろん会話をしようと思う以上、相手に何かしらの興味や魅力を感じる。
さらに時が経つにつれて、「自分対相手」「自分対相手対第三者」で過ごす時間が増えて、その領域をなんとなく読み取る。
そこになるべく触れないようにしながら関係を続けてると、その関係は友達に変化する(場合もある)。自分にとってはこの薄っぺらくて居心地のいい関係が一番多い。良くて相談相手。
でも、一回思いっきり踏み込んで、烈火の如き怒りをかって、あるいは踏み込まれてムカついて、それでも付き合っていきたいと思うような人間が少なからずいる。
そもそも踏み込もうと思うのは相手のことを理解したいからであって、その価値を感じない人間に対してわざわざ面倒を起こそうとは思わない。
そういう人とは、所属するコミュニティを離れたあとも付き合いが続くし、住む場所が離れてもなんだかんだで連絡を取り合う。

この関係はとても喜ばしいことで、そんな面倒をしてまで付き合ってくれる人間がいるのは本当に奇跡のようなこと。

ただ、相手を身近に感じすぎて、生温さに殺されると、踏み込むべきではない場所に対する認識が薄らぐ。
何気ない言葉で傷つけたり、傷つけられたり、そんなこともうわかってる。
身近にいるからこそ、大切にしなきゃいけない。そんな言葉を投げかけないようにしないといけない。
「失ってからその大切さに気付いた」
そうやって笑う負け犬は一生負け続けるし、失って得るものなんかない。
失う瞬間目を醒まして、前以上に握りなおさないとダメなんだよね。
もう離さん。

自分への戒め。

2008-12-15(Mon)

親指の話。

今日は何にもなくて平和な日。
普段バイトとか学校(行ってません。)行ってダラダラしてたら、すぐに夜になってまうんやけど、今日はすごくノビノビ過ごせた。

とは言っても卒業のために卒論は仕上げないといけないわけで、データを黙々とエクセルに打ち込んでた。
作業しながら考えてたんだけど、なんで人間の親指って関節が1つしかないんだろうね。
他の指はちゃんと第二関節まであるのに、親指には第一関節までしかない。

親指って、5本の指の中でも一番大事な指だと思うんだよね。
もちろんどれか1つでも無くなったら不便だから、全部大事なんだけど、
バット振るときとか、ペンを握るときって親指が支えになってない?

こういう疑問が出てきたら気持ち悪いからすぐに調べちゃうんだけど、今回はあえて調べなかった。
関節が1個しかないから支えになるんやろって思うようにした。親指が長かったら上手に支えられないからね。
関節の数が少ないことが強みになってるって、なんか親指かっこいいやん。

人間も似たようなもんやんな。
一人ひとりのバックグラウンドは全く違うわけで、その中で培ってきた見た目・能力・性格、そういうものも全然違くて、自分にないものがとてつもなく欲しくなるトキがよくある。
し、最近は自分の中にある矮小さとか、ふがいなさとか、無力感みたいなものを見せつけられることも多かった。
けど、まあそういうの全部含めて一人の人間やからね。
今の自分を肯定したらそこで終わるから、ちゃんと客観的に捉えられるようになる。
自分だけじゃなくて、他の人間の一長一短を魅力として考えられるようにならんとな。
おれは親指のこと、全然嫌いじゃないよ。

そういう当たり前のことに気付けたのはほんとに幸せなことだ。
気付かせてくれる人に出会えたのもすごいことやしね。


そんなことを考えてたらね、卒論が進まなかったよ。
でも、卒論なんかより大切なものに気付けたこの喜び?
ミスチル風に言うと、これを真空パックにしておきたいよね。
おれはこれからもニュアンスでモノを言い続けるよ。





2008-12-12(Fri)

ハローもグッバイも、サンキューも言わなくなって

タミフルすげええええええ!
飲むと平熱を割り込む程。
ただ、飲んだ後すぐ眠るとめっちゃ気色悪い夢を見る。

一人暮らしで体調を崩すと死んでしまうんだけど、親とか彼女とか友達に支えられながら生きてます。
おれのことを心配して、頻繁にメールとか電話をくれる人がいるっていうことは、本当に幸せなことなんだと思う。
いろいろ迷惑かけた分、ちゃんと恩返ししたいな。一生かけて恩返ししたい。

来年からはもう体調崩せないと思うと怖いけど、社会に出るってことはなりたい自分になるための第一歩。
いろんなものを背負って立てる人間に早くならなきゃ。

2008-12-11(Thu)

インフルエンザ

A型インフルエンザにかかりました。
扁桃腺は化膿するし、なんやねんこれ。
初めてタミフルもらったけど、まだ飛び降りてはないし、熱も39から36に。
点滴を要求し続けたからかな
二日で治るみたい

食欲は急に出てきたから、オリジンでもいこうかな。

そんな週末。

2008-12-10(Wed)

LOVEはじめました。

ブログ始めました。
あまり人目につかない場所で、色んなことをジメジメと考えていきたいです。

彼女との話が中心になる気がする。
考えたことを残して、時間が経ってから見返したトキのあの気持ちを味わいたい。
プロフィール

扁桃腺

Author:扁桃腺
大阪から東京に出てきて4年目。
来年からは社会人。
モラトリアムをじわじわと失う気持ちを
1年後、5年後、10年後、確認したい。
結婚が夢。

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